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zoom RSS 谷口吉生君の 日本經濟新聞 『私の履歴書』 

<<   作成日時 : 2017/07/20 09:07  

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谷口吉生君の 日本經濟新聞 『私の履歴書』 聯載が終はりました。

金澤の 傳統と由緒ある名門老舗の血筋を承け継ぐ、日本の上流名家育ちの藝術家一家、日本はもとより、今や 歐米に その令名を知られた美術建築設計家、

その華麗なる生き方を垣間見せてくれた一ヶ月でした。

大學卒業後は 殆ど ご縁が途切れてしまゐましたが、若き青春時代の想ひ出を 二、三 書き記してみませう。

1. 我々 機械工學科のクラスは全員男子で、谷口のような 塾高出身者を含めて多數派は 所謂 山の手育ち。 私が如き 地方出身者は 少數派でした。
貌をみれば、その違いは歴然、言葉を聞けば、判然でした。

日吉時代、必修科目の 屋外體育實技があったのですが、ある日、トレパンを忘れた田舎者が足袋裸足ならぬ 靴下に股引姿で現れ 皆の爆笑を買う一幕もありました。

實技の間、谷口の姿を見かけた事は ついぞ無く、終はって 出缺を取りはじめると 忽然と どこからともなく姿を現す。 その 要領の良さには 端倪すべからず、唖然とさせられたものです。

2. 當時 學部のあった小金井時代、塾高出身で、群馬・澁川に實家のある ST君と一緒に 吉祥寺で下宿をしてゐました。

廣い庭の芝生の上で よく 青春のエネルギーを發散するべく 相撲を取ったものです。

谷口が 誰かから その話を聞きつけて ある日 下宿を訪ねて來ました。
 ハイカラ育ちのモヤシッ仔に 九洲男児のスゴ技を ものみせん好機到來と、5, 6 番程 取ったのですが、長い足を繰り出して來て、内掛け、外掛けと 輕く一蹴され 1 番も勝てませんでした。

5 日目の記述に、趣味とスポーツを「廣く淺く樂しむ・・・」爲 どこかの「警察署で
柔道を習い、・・」とあるから、田舎相撲は とても本塲仕込みの柔道には刃がたたなかったわけです。

3.  當時は「パーティー」全盛時代。 今風で「合コン」と謂うのでせうか。

週末、學生バンド主宰で いまや 幻の存在となった ホテル藤 (昭28年開業の 鷹司公爵邸。  知る人ぞ知る プレーボーイの隠れ家。 後、麻布プリンス・ホテルとして建てかえられ、1981年に 廢業。 現在 跡地は フィンランド大使館になってゐる。)

や 廣大な庭園のあった 品川プリンス・ホテル (昭和28年開業の長洲藩・毛利公爵邸。  現在の 品川プリンスは、由緒ある庭園は潰されて 水族館やゴルフ練習塲 等々、いろいろな施設が ところ狭しと建ち並び、ホテル部分は 元々の敷地の?の廣さに 縮小されて鐵筋コンクリートの巨大高層ビルに建て替へられ 往時の風格と風情ある面影は その痕跡も留めづ。)で開かれたものです。

我々 「部屋住ミノ身」の分際には 全くの「blind party」でしたが、彼はいつも
 目の覺めるような美人同伴で、羨ましいおもいをさせられたものです。

因みに、入學早々の昭和31年6月、藤原工業大學創立十五周年記念祝賀會が この品川プリンスホテルの 紫陽花咲きみだれる大庭園に 創立者 藤原銀次郎先生をお迎へして 盛大に催されたのも 懐かしい想い出です。


4.  彼が Harvard 留學から歸國、僕も 最初の海外勤務から歸ったばかりの頃、當時まだ半ドン勤めの土曜日の午後 銀座で バッタリ邂逅、久闊を叙したのが 直接 言葉を交はした最後になります。

まだ 日吉時代、田舎出の僕は あんぱん帽(彼は”フライパン”と書いてあったが。)かぶっての「銀ブラ」が愉しくって樂しくってしかたなかったが、 ある時、「昨日の休みも銀ブラ・・」と話したところ、「君イー、週末の銀座なんて つまんねーだろー!」と言はれて その意味を解しかねてゐた。

頓悟 (tongo) したのは 後に 夜な夜な銀座に入り浸るようになってからです。


5.  「私の履歴書」には 言及されてゐなかったが、 一部上塲・東京エレクトロンの社長だった 故 井上 皓君から直接聞いた話によると;

谷口は 元々 日比谷高校で東大建築志望であったが、お母さんの強い希望で無理矢理 塾高に中途轉校させられたと謂ふ。 今となっては確認のしようがなく、眞僞不明だが。


彼の作品を 一つ一つ 訪ね歩く樂しみが出來きました。

 紐育は遠いので MoMA (ニューヨーク近代美術館)は暫く諦めるとして、 先ずは  手始めに 彼の代表作の一つである 京都國立博物館・平成知新館、金澤・鈴木大拙館あたりから 訪ねてみましょうか。

もっと近くには、御尊父の設計になる 上野・東京國立博物館・東洋館の向かい合わせに 彼の作品である 「法隆寺寶物館」があります。

それとも、久方ぶりに 「銀ブラ」旁々 最新作である『GINZA SIX』をみせてもらいませうか。
  あまりにも作品が多すぎて とても全部は訪ねきれますまい。


毎朝 近くのコンビニに日經を買いに走る 樂しい一ヶ月でした。
今は 御尊父が設計に携はった ホテル・オークラの建替事業を
すすめる傍ら、金澤の「建築文化據點施設」に盡力なさってをられるとか。
    これから ますますの ご活躍を期待するや切です。

(2017/06/30 記)

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