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zoom RSS 岸信介と ドストエフスキー罪と罰

<<   作成日時 : 2015/05/07 19:16   >>

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私の『罪と罰』 フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー著
      江川 卓 譯 岩波文庫 上・中・下

安倍政權暴走の原點やいかにと『岸信介回顧録』を讀んでみた。

岸政權の「功」も「罪」も 一言で「六十年安保」に盡きるが、東西冷戰下 日本には他に選擇肢はなく、時の世界情勢を見極め、日本の置かれた立塲での、身の丈に合った施策と政權運營で 次の池田高度經濟成長内閣への礎石を築いた功績は 大いに評價されて然るべきである。

その點は 『孫』の無手勝・無節操・無鐵砲な暴走とは 趣を大いに異にする。

さて、回顧録の中で、巣鴨の獄中 英文の「罪と罰」を借り出して 感銘を受けた事が記されてゐる。 しかも 獄中の筆記用具の不自由な中 感動の一節を貴重なメモに書き寫して殘してゐる。

じつは昨年初夏、初めて 聖ペテルスブルグ を訪ねるにあたり、岩波文庫本を旅鞄の中に忍ばせて出發したのだが、「暗い、冷ややかな、延々と續く 後戻りの出來ない地下道を あてどもなく歩かされる氣分」で 惡戰苦闘、上巻を讀み終はったところで ついに力盡き 断念した事がある。

畏友 肥後廷尉君に この話をしたところ、彼の口から 即座に 或る一節が朗々と口をついて出てきた。

なんでも、まだ華族院大學の學生であった若き日、文學少女で未來の廷尉夫人と二人、
春宵 満開の櫻の木の下で語るにつけ 夫人の口から この一節が語られ、二人で お互いの眸を見つめあい、力一杯の抱擁、それにつづく永い永い接吻で 戀が稔ったと謂う。

僕にとっては チンプンカンプンな一節ではあったが、四十年たった今、即座に廷尉君の口をついて出てくるとは、若き戀人達を發奮、發情させ その肺腑に深く刻み込まれた
一節にちがいなく、僕が その部分に差し掛かれば 即座に それと氣付くであらうと期待してゐた。

若き日 東京帝國大學法科大學獨法科で 我妻榮と首席を爭った謂はれる岸信介が英文で讀んで感動したと謂うから、私立大學やっとこ卒業の僕でも 日本語なら讀めない筈はないと思ひ直して再挑戰してみた。

とにかく長い、くどい、ややこしい。
登場人物が多すぎる上に、一人で 二つも三つもの呼び名があって、何が何やら 頭の中は大混亂の極。
 各巻400頁に及ぶ文庫本を讀みきるには、苦痛、我慢、忍耐以外のなにものでもない。

結局 讀み終はって 廷尉君が感動して暗記してゐる一節が どこにあったのか判らず仕舞。


執筆時期における作者を取り巻く状況を調べてみた。

政治犯としての刑期を終へてシベリアから聖ペテルスブルグに戻った筆者は 病床の妻の看病に疲弊。 病人を殘して驅け落ちを畫策してゐた不倫相手の愛人の二股浮氣が發覺して落膽。  博打に身を窶して借金苦に喘ぐ。

死後六十五年、櫻桃季になると三鷹の禪林寺に文庫本持った無垢な文學少女をいまだに引き寄せるカルモチン中毒の破滅人生のあの作家に似ているではないか。

執筆背景と經過は;
博打塲のヴィスバーデンで書かれた初稿は 一人稱型式で書かれ、登場人物も限られた 『ある犯罪の心理報告書』だったと謂う。

これに かねてから構想のあった『酔いどれ』なる中編等を合體して雑誌『露西亞報知』(Русск?й В?стникъ)に聯載中、 1865 年冬に發生したモスクワ商人の息子による二人の老婆殺害事件を軸にして超大長編に仕上がったと謂う。


安普請の廣大な掘っ立て小屋を これでもかこれでもかと多數並べて とって付けたような俄造りの街を作る。  出版社の謳い文句の「壮大なるスケール」はまさに山崎豊子バリ。

登場人物それぞれの名前に 或る意味が隠されてゐるのだと謂う。

主人公 ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコリーニコフ 愛稱ロージャは「raskol」即ち 分割、反對、分離の意味が隠されてゐると謂う。
また ドミートリ・プロコフィッチ・ウラズミーヒン「razum」は 合理性、心、知能の意味だとか。


評論家諸氏に謂はせると「實存主義的『現代の預言書』」だとか 「人間回復への強烈な願望を訴へたヒューマニズム小説」だとか わかってか わからいでか ヨイショ ヨイショと持ち上げてゐる。

作者の意圖したことが余りにも多岐多様で、登場人物が多すぎ、ごちゃごちゃと安っぽい小咄を並べた割には、それでゐて話の筋は複雑ではあるが 全体像は矮小。

自負だけは人一倍強い 自殺願望の 心を病んだ青年が主人公では
 舞臺が 華麗なる華の都  聖ペテルスブルグに相應しくない。

玉川上水近くの 軒先に赤提燈をぶら下げた大衆酒塲と 木造の安アパート群がごちゃごちゃ立ち並んだ「三鷹物語」だ。


僕にとっては これは『一蜂六五』(1865) 以外の何物でもありません。
きっと『1Q84』の作者も この小説から想を得たに違いないと思ってをります。


廷尉君、僕のこの駄文を讀んだら きっと <奴には やっぱり 露西亞文學なんて高尚な藝術は解らねーんだ!!> と 輕蔑して ほくそ嗤むことでせう。

Преступление и наказание Фёдор Миха?йлович Достое?вский
Crime and Punishment by Fyodor Mikhailovich Dostoyevsky, 1866

江川 卓 譯 『罪と罰』 岩波文庫
(上) 1999年11月16日 初刷 2014年2月14日 第20刷
(中) 1999年12月16日 初刷 2014年3月14日 第18刷
(下) 2000年 2月16日 初刷 2013年9月25日 第18刷

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